2016年12月18日

天の恵みの食事




 牧場の草むらに突然あらわれたまるくておおきなこの白い物体。

 すべすべのつるつる。もっちもちのふわふわ。

 「ぐりとぐら」に出てくる大きなたまご?
 巨大モッツァレラチーズ?

 それともマシュマロ? スフレ?
 お豆腐?

 はたしてその正体は――
  
  

 話は少し寄り道します。

 実は、突然あらわれた白いものの奇跡として日本にはこんな伝説が残されています。

 石川県金沢の南。白山のふもとの鶴来(つるぎ)。
 地名の由来となった氏神、金剣宮でのこと。

或る年、大飢饉となり、困窮した土民達は、この神の祠に詣でて活命を切に祈ること数日に及んだ。

或る日、一天俄に掻き曇り、石に似た、真白な物が降ってきた。
食してみると甘味があり、乳のような味がする。

これによって露命を繋いだ者は数知れない。

鳥翠台北,『北国奇談巡杖記』 江戸時代後期 文化4年(1807)刊

 この白いものはたびたび降り、富山県守江でも同様のものが産出したとも。

 随筆の著者は、天から降ってきたこの白い石のような食べ物は中国・明の時代の薬草書『本草綱目』に出てくる石麪(せきめん)に類似したものだろうと推測しています。
 麪とは、麺。ただし中国で言うそれは、細長く成型したものばかりではなく広く小麦粉一般を指します。

 石麪とはいったいどういうものなのか。
 気になったので参照元とされている『本草綱目』の石麪の項を見てみました。

 甘みがあって無毒。常にはえているものでなく、めでたいものだとのこと。

 古くから記録が残されていて、最初は唐の時代。飢饉の時に発見され、ひとびとの救いとなったというところが共通しています。

石麪出現地
石麪出現地(日本の印は石川県鶴来)
1: 唐、玄宗天宝三年(744)武威郡番禾県(現在の甘粛省金昌市永昌県)
2: 唐、憲宗元和四年(809) 山西省雲、蔚、代州
3: 宋、真宗祥符五年(1012)四月、慈州(河北省邯鄲市磁県)
4: 宋、仁宗嘉祐七年(1062)三月彭城(江蘇省徐州市)
5: 同年五月、鍾離県(安徽省除州市鳳陽県)
6: 宋、哲宗元豊三年(1080)五月、青州臨ク(山東省イ坊市臨ク県)
7: 同五月、益都(山東省イ坊市青州市)


 いったい岩石、鉱物や土は食べられるものでしょうか?

 同じく中国から。『幽明録』には地下世界に迷い込んだ男が足にまといつく塵を食べ、それがなくなると食べられそうなにおいがした泥を拾い集めて食べた話が出てきます。
 また日本でも、遠野に伝わる昔話を収録した『聴耳草紙』に土を食べて生きていた「土喰婆」という老婆の話があります。

 土食を行う文化もあり、樺太アイヌは珪藻土を料理に使うといいます。土を食べるということはありえないこととまでは言えません。

 昔話の中には、石を食べたことで並外れた怪力を得るようになった話もありますが、それは力の神秘性を印象づけるための誇張された表現でしょう。

 石に似て見えたことから石麪という名前になってはいますが、鉱物ではないのです。

  

 突然白い食べ物があらわれる。そんな話はほかにもあるでしょうか。

 橘南谿の『西遊記続編』(巻之四)には、朝、町中に数百丁もの大量の豆腐が落ちていたという鹿児島県今泉で起きた奇妙な出来事が記録されています。
 時間を置いて見守ったが特にあやしいところもなかったので、夕暮れになって皆が家に持ち帰り食べた。
 祟りがあるわけでもなく、後に豆腐屋をまわって尋ねたが見当がつかなかったという。

 『稲生物怪録』には、台所にひとかかえほどもある大きさの白くて丸いとてもやわらかいものがふわふわ動いていて、飛びかかってきた。落ちてきた物をよくよく見れば塩の入った俵の古いもので、塩がばらまかれただけだったという話。

 どちらも実際にある加工食品なので、出現の不思議はなにかの見落としで説明がつくような事柄です。
 石麪はあらわれ方だけでなく、正体も不明なのです。

  

 石麪とはいったいなんだったのか。

 それが栄養価が高く同時に再生産可能なものならば、増やして常食にできるような工夫が試みられたことでしょう。
 とっくに代表的な食材の中に名を連ねていても不思議はありません。

 発想を変えると、飢饉の時にあらわれる物――ということはふだんなら口にしてみようとはしないもの、目につかないもの。変わった見た目のものだった可能性もあります。


 さて、最初にご紹介した草原の丸くて白い巨大な物体。

 あれは、ジャイアントパフボール。日本ではオニフスベという近似種のあるキノコだったのです。
 飛んできた胞子が一夜でポンと大きくなることから、突然姿をあらわしたように見えるそう。

 こんなふうに草原にてんてんと落ちているさまを見ると、たしかに石のようにも見えます。



 実際に食べることもできるようで、江戸の百科『和漢三才図会』巻九十七苔類にも「煮て食べると味は淡く甘い」とあります。(江戸時代の名称は馬勃(ぼうべいし))

 世界一有名な天からもたらされた食べ物の奇跡。
 旧約聖書「出エジプト記」第16章に出てくるマナもまた、キノコ説が考えられています。

 あるいは、マナが樹液や甘露の結晶と考える説もあるように、石麪もそうしたものだったのかもしれません。

 石麪がほんとうはどのようなものだったのかは確実なことは言えませんが、こういった自然界にあるふとした幸運の中にその答えはあることでしょう。

  
 
 東北の雪が多く積もる地方には、こんな昔話が伝えられています。

 ある時、下界の人びとが満足に食べている様子もないことを心配した神様が、白米を降らせた。
 下界の人びとは最初は喜んだが、そのうち米を余らせてしまう。
 余った米を粗末に扱うさまをみて、神様は白米のかわりに雪を降らせるようになった。
 こうして、人びとは雪の降る寒い冬を迎えなくてはならなくなった――


 なるほど、雪がこんもり積もっているさまがおにぎりや生クリームがたっぷりかかったケーキに見えることがあります。
 なんとなくつい雪を食べてしまうことも。
 上の昔話を伝えた人も降り積もる雪をみて、これがみんな米だったら――と思ったのかもしれませんね。

 色彩学の観点からいうと白は明度が最も高く、光・上昇・前進・健康・生命といったポジティブな意味を含む影響をもたらす色です。
 動物にとって最初の食事、乳もまた白色ですから、人は白いものを目にした時に祝福された食べ物を連想することがあるのでしょう。


 中国にも、雪の降り積もるさまを形容して「麪市塩車」という言葉があります。

 小麦粉がふりかけられた街、塩の積もった車。

 身を凍らせる雪が恵み多いものでありますように――
 そんな願いも込められているのでしょうか。

 飢饉の中に天の恵みの食事を見出した人びとのように。



 もうじきクリスマス。
 皆さまにもより多くの祝福がありますように。


buon natale
Merry Christmas (via weheartit)



参考:
ジャイアントパフボール引用写真 - Calvatia gigantea (wikimedia)
wikipedia - 土 (食材)
wikipedia - マナ (食物)

posted by Koh Takano at 20:34 | TrackBack(0) | 奇談
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